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 言われた言葉に絶句した
だって、そうだ と弱々しい声を強める
なんて、下らない、エゴイズム






 夜、寝る時に思い出す。明日の学校への持ち物を思い出したかのように。忘れていた事が輪郭をはっきり持つと、囚われた
明日は自分の誕生日だ、という事
只、それだけの事柄に眠たかった脳は冴えた
もう数十年、記憶にあるだけ、それだけの自分の誕生日を迎え受け入れてきた
もう明日で14回目となる
何時から自分は変わったのだろうと、柄にもなく思い出に浸る
其は余りにた易い。部屋は暗く、窓から入り込む月明かりのみ。目を閉じて枕に頭を預けて、浸る
 誕生日を誕生日だと意識し、記憶にあるのは4歳位の時だろうか
あの時は赤ん坊であった弟の葉末が居た
父や母が『お兄ちゃんの誕生日』とまだ言葉もわからないであろう弟に言っていたのが記憶にある
プレゼントは何だったか、ケーキの大きさはなど、そういった事は記憶に無い
 小学生に成っても家族と共に過ごした。葉末の誕生日も同様だった
実はあまりにも似たような誕生日を過ごしてきたので、全ての誕生日の記憶が曖昧




 では、去年はどうだったか。脳の中の去年を探す
去年も家族。只、部活の仲間が部活後に軽く祝ってくれたので、家に帰るのが少々遅くなった
今年は…、と思うと急に足や手から汗が出る
脳に浮かんだ顔が堪らなく生意気だった





 目を開けると暗かったはずの部屋が陽の光りで明るかった
ああ、あのまま寝たのか と気付くのに時間はかからない
上体を起こして起き上がると、自分の誕生日ということを忘れて、いつものように学校へ向かった

 再び其事柄について思い出したのは、既に部活後となっていた
部活動が終わり皆が着替えていた時だった
不意に後ろから体重が掛かり、有無を言わさず上体を前に曲げられた

「「誕生日おめでとう!」」

振り返ると自分の肩に手を回している先輩の菊丸と、其を少し離れた場所から薄く笑いながら見る、不二と乾と大石だった
 あ、と気付いて小さく礼を言う。自分の誕生日に再び気付くと握りしめた服を更に握りしめた
誕生日なんてたいした事ではない。只、1つだけ歳を重ねて、只祝うだけの日
握った服をきれいに畳み、鞄へ入れると目線は泳いだ

目的のものを見つけると、其もこちらを見ていたようで目が合った
きっかけとするように軽やかに近づいてきて

「先輩、帰ろ」

と、自分以外に聞こえないよう呟いた
無言で頷き、さっさと用意しろと釘を指すと笑って帰る用意を始めた
 彼を待たずに海堂は部室を出て行く。部室を出て直ぐに、顧問の竜崎に会うとまた、祝いの言葉を告げられる
悪くない気分に満ちていて、足取りも軽かだった。天気がよかったお陰か、夕日が鮮やかなまでに綺麗だ
 校門までの間、その夕日に目を奪われながら、満ちた感じを堪能していた
海堂は後ろから近付く足音に気付いて毒を吐いた

「おせぇぞ」

そしてまた、歩き始める。足音は自分と重なり、いつの間にか右隣を歩く
校門から大分離れたぐらいに、やっと海堂は振り返り、相手に目をやった

「先輩、早い」

歩くのが。大股なわけ?

厭味のような言葉を、ふてぶてしくも言ってのける相手
海堂と秘め事に、言わば付き合っているともとれる妙な関係にある
男と男との関係にもそういった類の言葉を用いるかどうかはわからなかったが、なんとも 妙だ としか言えなかった
でもやはり、好きだからこそ、この妙な関係は 恋人 だった

「…ご機嫌?」
「あぁ?」
「なんか、機嫌いいよ」

なんかあったの? と聞く相手のゆっくりとした歩調に合わせて歩く
なんでもないと言うと、さして最初から興味が無かったように軽く受け流した
 毎日ではないが、ほぼ毎日、2人で帰るようになった。たまにどちらかの家に寄る
 彼が 機嫌がいい と自分に言った。確かによかったのかもしれない。驚く程、満ちていたから
誕生日などもう13回も経験していた。しかし、今は何かが違うのか去年までに無かったこの満たされた感情が在る

「先輩?」
「あ?」
「今度は上の空」
「んなことねぇよ」

 相手が笑って海堂の腕を取った。するり、と絡む手を振り払うが離れないのでため息をついて、そのままにする
腕を引かれたので呆気なく彼に躯を近づけると、背伸びをして海堂の耳に唇を寄せた

「誕生日、おめでとう」

おめでとう、海堂先輩 彼の声がリアルに体内に入りこんで熱と成り、血と成る
不意に言われたその言葉は、誰もが口にした言葉だったが、彼の言葉は本物だった

「生まれてきてくれて、ありがとう」

耳に薄い彼の唇が直に触れ、言葉と共に海堂へ眩暈を誘った

 去年まで無かったものはコイツか、と海堂は頬に熱が篭るのを感じながら思った
なんて甘い感情だろうと、歯が痒くなりそうで困る
恥ずかしく、相手から目線を反らせると、彼は腕から手を離した
急に離れた肌が寒さを訴えた為に海堂は彼を見た。彼は俯いて居た

「…どうした」
「ん〜、」

なんだ と聞けば、唸る相手。先程まで満ちて焦がれた感情が違和感へと打って変わる
眉を潜めて、海堂は彼の腕を掴み、力を篭めた

「なんなんだ」

悩みがあるなら言え。今、この今、悩まなくてはならないことなのか
さっきまで笑顔で熱っぽく、自分に祝いの言葉と感染するような熱を向けていた相手
それどころではない、と悩む彼が気に食わなかった

「あのさ」
「なんだ」
「やっぱ、今の無し」

やっと話したかと思えば、此れだ 海堂はのけ反る程呆れて、天を仰いだ
自分の誕生日への祝いの言葉を熱を、無いものにしたがる相手。怒鳴りたいと思う自分を、海堂は恥じた
 昨日の夜から、恥ずかしい事に期待していたのだ
今までとは違う誕生日に成ると思っていた
彼が要るから
だから、今まで経験したありとあらゆる、家族と過ごした誕生日を思い出して、どう違うのかを感じたかった
現に、さっき彼に言われた言葉に熱を感じた
躯の中の血液が、沸騰してしまうような熱さ
初めての誕生日と成った。期待していた通りに

「生まれてこないでよ、先輩」


彼は海堂の持つ腕に力を入れて、拳を握ったようだった
拳を握りたいのは、自分の方だと思う

「な……、おま…」

生まれてきてくれて、ありがとう

と、さっき言った相手はもういなく、正反対の言葉を告げられる
海堂は相手に落胆した。勝手に期待したのは自分だ。祝ってくれると恥ずかしくも期待していた

「生まれて、こないで」

馬鹿を言うな、俺は此処に居る 海堂が怒鳴ると、彼は首を振った

「違う、生まれてくるだけなら、生まれてこなくていい」

訳のわからない事を言う。頭痛が海堂を襲う。なんて誕生日だ、と脳の中でうなだれた

「わからねぇ、説明しやがれ」

彼は海堂の目を捕らえて、言った


誕生日、おめでとう
生まれてきてくれて、ありがとう
でも、生まれてくるだけなら、嫌だよ
俺と出会わないなら、嫌、だよ
俺じゃない誰かとこうなるなら
生まれてこなければ、いい


 言われた言葉に絶句した
だって、そうだ と弱々しい声を彼は強める
なんて、下らない、エゴイズム





それでも 相手を抱きしめたのは

自分自身も、ご立派なエゴイストだったから




「誕生日、おめでとう」
「出会ってくれて、ありがとう」
「海堂、先輩」




 初めて言われた言葉に、絶句した、口を噤んだ
そして、言わないが海堂も思った、今なら思える、いや、せめて今日だけは思って過ごそうと


生まれたから此処に居る
でも、生まれただけじゃあ意味がない
出会ったから僕らは 好きになれたんだ





誕生日、おめでとう
出会って、おめでとう

俺とお前








END








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